久しぶりに最乗寺へと行った。
2か月前から急に打ち出の小槌が気になり、打ち出の小槌といえば最乗寺と思うようになっていた。
最乗寺は30代の頃に知り、好きな場所になって何度も通っていた。
それが、過去世で修行していたお寺ということが4年前に分かり、「そういうことだったんだ」とすごく納得した。
それが分かってから、その後もいろいろと有った。
最乗寺は4年前を最後だと思っていたけれど、また最近は関わりがあるのだなぁと思うようになった。

いつも人が少ない最乗寺だったが、当日は出店も出ていて人も多い、駐車場が満杯近くなっていた。
何かのイベントがあるのかと思っていたら、9月大祭の日だった。
朝早く到着したので近くの駐車場が空いていたが、帰宅するときには既に駐車場が満杯状態、駐車場の案内人も出ていて「早く来ていて良かった」と思った。
でもほとんど人がいない、いつもの時に来たかったなぁ、、、

最乗寺は烏天狗のお寺として有名だ。
大きな烏天狗の銅像が、数カ所に置いてある。
見た目はすごく迫力があり、来たときにはいつも挨拶している。

30代に来た時は雰囲気が好きな場所だったが、カフェを経営している時に能力が向上し今はいろいろと感じるようになったので、当時とは違う感覚で最乗寺を見ることが出来るようになった。
烏天狗ってほんとうにいるんだよね。

4,5人のお坊さんが中でご祈祷しているので、中にはいってありがたくご祈祷を聞いていた。
経文をパッと開くと、パラパラパラと右から左へと流れるようにめくれていく。
多分その行為をすることにより、長い経文を読んだことになるのだろう。
何冊もある経文を次々とパラパラと上手にめくれていく様子を見ていると、トランプのマジシャンがカードをパラパラパラと片方の手に送るように見えて面白かった。
こういう動作も修行の一つなのだろう。
そういえば、烏天狗が誰も来ていない事に気づいた。
せっかくご祈祷しているのだから、烏天狗も参加すればいいのにと思って念じたら、部屋の両サイドに列をなすように並んでくれた。
烏天狗も呼べるようになったのだと、烏天狗にも自分の意志が伝わるようになったのだとうれしくなった。
こういうことは普通になったので、特に得意な気持ちになっていないけれど、意志が通じるのはありがたいと思う。
神様、仏様、龍神様へ意志が伝わるようになり、烏天狗にも意志が伝わる、凄いことだけれど感覚的にはごく普通のことだ。
これで会話ができるようになれば、理想的なのだけれどそれがまだ出来ない。

長い石段を上って、奥の院へ到着した。
上ってくる人たちは息が上がって、途中途中休みながら上ってきている。
休まずに上れたので、俺はまだまだ体力があるんだなぁと思った。
畑作業はすごく汗だくになって疲れるけれど、そういう作業をしているので体力がついてきたのかもしれない。

最乗寺に来たのは、5年前に購入した打ち出の小槌を最乗寺のとある場所に置いてきていたので、それを取りに来たのだがとある場所が忘れてしまった。
いろいろと探したのだが、その場所が見つからない、、、
きっとまだ最乗寺に居たいのだろうと思ったので、新たに新しい打ち出の小槌を購入した。
2つ並んでいたけれど、左側のほうが強いエネルギーを感じたので左側を選んだ。
購入したので帰ろうと駐車場へ向かった時に、金剛水堂の横を通り過ぎる時に「打ち出の小槌を水で清めていこう」と急に思った。
こういう閃きは正しいのだ。
箱から取り出して水で清めてみたら、よりエネルギーが高くなったのが分かった。
上下に振ってみると、強いエネルギーがガンガンと出てくるのが分かった。
これは願いが叶う打ち出の小槌になったかもしれないと思った。
やはり来た甲斐があったというものだ。
これでまた沢山の人を幸せへと導くことが出来そうだ。
感謝だね。

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