妻と孫が来たけれど、31日の午前中に実家へ戻るということで、早めの年越し蕎麦を打った。
これで年末になり3回目の蕎麦打ちだ。
蕎麦打ちは腕がかなり落ちてきているので、何度か打って感覚を戻す必要がある。
二八蕎麦ではなく三七蕎麦を打っている。
二八蕎麦を打つと蕎麦切れになりそうで、少々心配で二八がまだ打てない。

蕎麦打ちは水回しで決まるので、一粒1粒の蕎麦粉に水が平均して吸収されていたら、切れない蕎麦が打てるようになる。
四角く伸したときに、端が切れていなければ問題なさそう。

三七蕎麦なので、切れづらい蕎麦になっている。

切るときも生地がズレていくので、平均的に同じ太さになるようにするのもまたコツが必要となる。
太いのが混ざっているので、切り方も技術的に落ちているということになる。

見た目が少々下手くそでも、味わいのある美味しいお蕎麦が打てた感じ。
妻も孫も蕎麦が大好きなので、沢山打っても無くなりやすいのはありがたい。
しかし、、、
蕎麦って年配の男性は「蕎麦にはうるさい」という人が多いが、あれってなんでなんだろうと思う。
蕎麦は江戸時代に手軽に食べられる庶民の食べ物で、粋な食べ方という作法が登場した。
蕎麦はとってもシンプルな味ということもあり、味わい、香り、喉越しなどの違いをごまかすことができないというのもあり、違いが分かりやすいということもあるのだろう。
まぁ兎に角、細く切れない蕎麦打ちができれば、それで満足かなと思う。
一番思うことは、こちらで打った蕎麦は当時より「美味い」と思った。
横浜で提供していた蕎麦より、確実に味が向上しているのは、水の違いだろう。
水道の水が確実に美味いのだ。
移住した当時に水が美味くて、「これで蕎麦を打てば美味いだろうなぁ」と思ったことがあったが、やっぱり美味かった。
水は大切だ。

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