一反の畑を借りて、菌ちゃん農法の畝作りを、時間があるときに行っている。
いろいろと用事があるので、隙間時間を利用するしかないのが現状で、忙しくなってきた。
でも、気分的には忙しいというほどのことではなく、淡々とこなしているという感じで、時間を上手く活用するとまだ余裕だね。
畑仕事は季節があるので、待ってくれはしないから時期がきたらやるしかない。
ご近所の農家さんは働いていたら農業は出来ない、とよく言われるけれどやるしかないという状況だ。
このようなことは悩みではなく、いかにこなしていくかという楽しみでもある。
広い空、広い大地で農作業をしていると、ものすごく開放感があり、とっても気持ちが良いのだ。
このようなことは都会に住んでいたら絶対出来なかったなぁ。
移住してきたからこそ出来ることであり、多くの人達と知り合いになれたからこそ出来ることだ。
とっても自由という感じで、楽しくなってしまう。
畑仕事だけではなく、田舎生活そのものがまだまだ楽しい。
楽しい原因は、やりたいことが出来るということだ。
何が凄いって、お金をかけずに夢が叶っていく現実がすごい。
思うに、、、
視えない世界を知り、過去世からの問題点だったことをカフェ経営からずっと解決してきた、これが一番の人生を良くしていったことだ。
これを信じてくれる人は殆どいない。
魂が望んでいることを行動し解決する、またはそれを目標として行動すること、それだけで本当に人生がどんどん良くなっていく。
そんな話をしても
「それは俺だから」
「そういう運命だったから」
など言われるけれど、そうではないのだ。
多くの人が悩み苦しみ、満足しない人間の欲を満たすために行動し続ける、それが間違いだと気付けないから、その状態から解放されないということだ。
分かって行動するだけなのだが、それが多くの人にとってはとっても難しい、理解の出来ないことになる。
自分がこの世の仕組みをすごく理解できたというのも、当時の自分には想像も出来なかったことだろう。
視えない世界とかいうと宗教っぽく感じるし、逆の立場なら怪しいと思われることだろう。
悩みがなく幸せと思っている人生であれば、それは正しい生き方ということになる。
そういう人はそのまま思うがままに、人生を生きれば良いだけのことだ。
本当の真実って残念ながら疑われやすいね。
「いちから古民家」は一から作ることを行うようにしている。
自然農法の野菜は種から育て、種を採取してまた翌年種を使用する。
家具作りは無垢材の木材を使用して作り、器、箸なども竹などの自然の素材を使用して手作りを行う。
陶芸もそろそろ活動しはじめて、器作りを行おうと思う。
既製品が多い中で、あえて、いちから作る物作りは「不便を愛でる」ということであり、「手触りのある幸せ」がある。
自然と向き合い、大地で野菜を育み、自然の素材から物を作り出す、自然に感謝しながら自然を楽しむこと、それが本来の人間の生き方だなぁと最近思うようになった。

自然農法的な菌ちゃん農法で作る野菜、無農薬、化学肥料を使用せず、自然の摂理で育てた野菜達、種から育て立派な野菜にする。
自分で作った安心・安全の野菜を食す、「健康寿命」を少しでも長くして元気に生きていく、それが「いちから古民家」の願いだ。

自然の素材を使用して作る物作り、地球環境に優しく、大地に感謝する。
自然なしでは生きては行けないし、地球に住まわせていただいているという感謝の気持ちがなければダメだろう。
縄文時代のような時代が、自然にとっては一番の理想だった。
縄文時代の生活には戻れないけれど、出来るだけ自然に寄り添っていこうと思う。

ロゴは「一から古民家」を表したもの、太い線が安定した「一から」行うことを表すのと屋根という意味もあり安心・安全をイメージしている、Kは古民家のイニシャル、Kが2つあることで2乗で広がりがあるイメージとした。
「いちから古民家|自然農法の大地の恵」の文言は、まさに文言通りで大地の恵みで感謝する意味がある。

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