2022年8月20日に、横浜で「いちから参かふぇ」を閉店した。
その後、2023年1月15日に、山梨県南アルプス市へ移住してきた。
2026年10月11日に「いちから古民家」をプレオープンする予定となった。

閉店した時の記念写真
ここでカフェを経営してから、視えない世界との繋がりが深くなった。
いままでTVでの世界だったのが、体験出来るようなことが現実に次々と起こり、来店されるお客さんも不思議な能力を持った人が沢山集まってきた。
最初は何が起こったのか分からなかったが、初めての体験でいろいろと面白かった。
それから、深い御縁がある人達との出会いもあり、全ては視えない世界との繋がりをより深くしていく人達だった。
カフェを経営していながら、あらゆる体験、経験をして、不思議ワールドへどんどんと巻き込まれていった。
ほんとうに、視えない世界はあり、不思議現象は普通の現象と理解させられ、神様、仏様、龍神様、疫病神、死神、福の神、この世で知られている神様、仏様、龍神様がほんとうに存在し、それ以外にも宇宙人、特殊能力などなど、信じられないようなことは、現実にあるというのを徹底的に学ばさせられていた。
知らない世界を体験するのは面白い反面、修行のような体験も何度もさせられていた。
修行は過去世のカルマの解消へと繋がっていて、それを1つ1つクリアしていくことによって、分かりやすい言い方をすれば運気が上がっていく様になっていった。
運気と簡単に言ってしまえばそれだけだけど、人生のあらゆることが調子よくなってきた
視えない世界は妻も同様だったが、妻の場合は何故か閉店後から、過去世のカルマ解消が本格的に始まった。
今思えば、俺が解消しなければ、妻の解消は難しかったのだろう。
物事には順番があり、そして、それぞれのタイミングがあるのだろうと思う。
カフェ経営時はいろいろと大変だったけれど、全ては視えない世界の者にコントロールされていたことも分かった。
飲食店を経営しながら、実は視えない世界の者の出来事だったということも分かり、オープン、集客、経営、閉店の全てコントロールされていたのだ。
信じられない人には難しいことだろうし、自分たちが経験していなければ、決して信じられないような事だろう。

最終日までの4日間は、片付け、引っ越しなど大忙しだった。
閉店と同時に、住んでいたマンションの販売も同時に行った。
ここでの役目は全て済んだかのごとく、自宅も売りに出すことになってしまった。
居抜きで販売した店舗は、すぐに次のオーナーが現れ、自宅マンションも契約者が1ヶ月の間に決まり、全てがトントン拍子に事が進んでいった。
仲介業者も驚くほどの速さの展開、このような事も視えない世界の者が、あらゆることをコントロールしているのだから、とくに驚くことではなく、当然そうなるだろうと思っていたが、やはり現実的にそうなった。
閉店が決まって(決めさせられた)から「次はどうなるのだろう」と多少の不安はあったが、視えない世界の者がコントロールしているのだから、何事も上手くいくのだろうと思っていたけれど、やはり思った通り展開していくのが早かった。
あまりにも展開が早すぎて、行動するのが大変だった。
それは次なる役目へと向かっていったからだ。
山梨県へ引っ越すまでは、妻の実家に4ヶ月ほど仮住まいさせてもらっていた。
その間にも、全国6ヶ所へ行く役目が発生していた。
6ヶ所回るたびに、次なる引っ越し場所が決まっていき、終わって1ヶ月後には今の場所が決まったのだ。
契約を取り交わす、家の中は元の居住者の家具など全て残っていたようなので、全て撤去してもらうなどして2ヶ月がすぐに過ぎた。
閉店して移住するまでの4ヶ月も忙しかった。
そして移住した。
妻は実家に残り、親の面倒をみるという役目になったので、移住後は1人で生活することになった。
古民家は以前から憧れていて、20年前からなんとなくネットで探しながら「良いなぁ」と思っていた。
当事思い描いてた木造の古民家ではないが、次なるイベントを起こすには良い場所と広さだと直感していた。
部屋数8、Dkの古民家、一部屋が8帖、10帖と広いし、100年以上の部屋らしいので、作りは古い。
洋間が1部屋あるのだけれど、ここは元の居住者が増築した部屋だけれど40年は経っている。
ここの洋間は広くて、横浜で経営していたカフェの広さと同じぐらい、眺望がとてもよく甲府盆地が一望出来る。
そして、富士山もよく見える場所だ。
土地も広くて、畑をやりたかったがそれも叶った。
さらに移住して3ヵ月後には、隣の敷地の200坪を無料で貰えるという話にもなり、畑の広さが一気に300坪ほどになった。
沢山の野菜を作って自給自足、飲食店を経営したら、自家製の無農薬、化学肥料をしようしていない野菜を提供したいと思っていたのが、すぐに現実できそうな畑を持てるようになった。
しかし、まだまだ飲食店を経営する時期ではないようで、なんと山梨でも過去世のことで精算する事があることが分かり、終了するまで移住してさらに2年間必要だったのだ。
山梨へ移住してからも視えない世界との繋がりは、決して切れることはなかった。
終了してから、さらにいろいろなことが変わった。
視えない世界との繋がりは、より高度な役目へと変わり、あまりにも突拍子のない役目へと変わってしまったので、公には言えなくなってしまった。
話は店舗経営を中心とする。
4年目になってから、畑1反(300坪ほど)が借りられ、さらに田んぼ2枚(200坪ほど)が、新たに借りられたのだ。
なんとなく、「米作りが出来るようになったら、飲食店の経営ができるようになりそう」と思っていたら、ほんとうに飲食店を経営する自体が急に進み始めた。
いままで台所として使用していた場所が厨房になり、保健所への営業許可も何も問題なくスムーズに終わってしまった。
またまた展開が早すぎて追いつけない。
移住してからずっと探していた陶芸教室も、車で5分程度の場所を見つけ、手作りの器で提供という夢も叶ってしまった。
あとは必死で器作りを行っていくだけだが、それさえも時間が無くなってきたのだ。
田んぼ、畑、町内の役員、店舗用に古民家リフォーム作業、食器づくり、家具づくりなどなど、全て自分でやりたい性格なので、なんでもやろうとするから、すでにおバーフローしている。
リフォーム作業など、手伝ってくれる人が現れ、椅子作りも3つ半日で完成した。
非常にありがたい存在だ。
飲食店経営後はワンオペになるが、それも手伝いたいと言う人が2人もいる。
パンや料理を習いたいということで、無料で手伝ってくれるのだ。
妻も最近は付きに1度は来てくれるようになり、片付けや駐車場などが進んだ。
「いちから古民家」の店舗は10月11日に、プレオープン予定だ。
1人で全ての作業を行うのだろうと思ったが、いろいろと沢山の人が手伝ってくれて非常に助かっている。
飲食店オープンのタイミングが来たら、悩んでいたことや問題点などが、意図も簡単に解決し、一気にオープンへと向かってしまった。
今回も展開が早すぎて、行動が追いつかないほど、超忙しすぎる。
料理は何にしようかなぁと思っていたが、それもすぐに決まり、以前の料理以外に新たな料理が提供できそうだ。
なんでも事が進みすぎる。
お客さんも移住して4年間に沢山の人との出会いがあり、オープンしたら教えてと期待してくる人も沢山増えている。
なんだか凄すぎて恐ろしいが、これらも結局は、視えない世界の者がコントロールしているからだ。
行動すれば進みやすくなる状況なので、不安はやらない不安の方が多い。
休むことなく頑張るしかない。
いちから古民家は「いちから作ること」を目的にしています。
横浜でカフェを経営していたときにも、料理やお菓子、パン、ドリンクの大半は、添加物などを使用しない、材料も選んでいちから作ることを行っていました。
食料の危機感があり、安心・安全を考えて作っていました。
全てを「いちから作る」というのは、なかなか難しいことですが、できる限り自分で作れる物は作っていきたいとの思想があり、移住してからはさらに自然の素材を利用して、器作りなども行うようになりました。
田舎生活はいろいろな物が手に入るので、竹でコップ、木の輪切りで皿を作るようになったのです。

竹はご近所から頂いており、竹の処理が困っているぐらい、竹が生えているので、声をかけると「持っていっていいよ」と返事をしてくれるのがありがたいです。
青竹を削り、コップにしてワンポイントのアートをウッドバーニングで描くことを行っています。

木の幹をチェーンソーで輪切りにし、電動サンダーで中を削って皿づくりを行っています。
木の器にもウッドバーニングでワンポイントのアートを描いています。

陶芸は10年以上前に初めて、電動ロクロ、電気釜を購入しましたが、その後カフェを経営後からは作業する時間が無く停滞、移住して4年目に近くに陶芸教室があることを知り、通い始めました。
古民家カフェをオープン時に、自分で作った器で提供したいと思って、器作りを行っております。

竹で作るカトラリー、箸やスプーンなどを作っています。
自然の素材を使用した器やカトラリーを作っていると、自然とともに生きているのだなと実感します。
それ以外にも、お菓子、天然酵母パン、スパイス料理など、添加物を一切使用せずに作る事も行っていますので、健康を第一に考えた結果が、できる限り「自分でいちから作る」となりました。
いちから古民家
いちから古民家販売サイト


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