いつも通っている道から少し中に入ると、小さな神社だけれど、とても歴史がある神社があった。
すごく綺麗に管理がされていて、地元の人達から愛されている神社なのだろうとよく分かる。

「若宮大神宮」
曲輪田新田にある神社だけれど、昔は江戸時代前期以降の曲輪田村から、農地拡大、開墾に伴って発生してできた新田集落だったそうだ。
漢文10年(1670年)に徳島兵左衛門らによって、大規模は用水路「徳島塚」が開削されると、水利が乏しかった御勅使川扇状地での開墾が大きく進み、曲輪田新田の集落が形成し、発展してきた。
その後1818年、曲輪田村分村議定が交わされ、当事この辺りを支配していた本村とは別に独自の名手を立て、年貢や村用を別に行う独立した村としての実態を確立していった。
曲輪田新田開発によって新たに誕生した集落では、開墾の無事、土地の安泰、五穀豊穣、水害防止を祈念して、伊勢神宮系(天照大御神)や八幡系(若宮八幡)の分霊を勧請し、村の守護神として奉った、今から360年前が由来だそうだ。
社殿の屋根を葺き替えた際に、記録がある棟札が残っていて、337年前の1689年の時代に既に社殿が存在していたことが確実視されている。
その時代から存在している若宮大神宮、地元の歴史を調べてみると、なかなか面白いなと思う。
田舎って数百年前からの神社仏閣があったり、昔からの土地を守ってきた人が多くすんでいることも多いので、江戸時代やそれ以前の歴史が分かる時がある。
この辺りは扇状地帯なので、平野が広がる地域でもある。
大小様々な石が多い土地だなぁと思っていたけれど、昔は土石流や水害が多かった場所でもあるが、水が豊富だったために縄文人が居住していたが、水害も多かったので、高台に住んでいたり、水害が落ち着いてきたら扇状地帯へと住むようになったのだろうと思った。
昔からのことが分かるようになると、住んでいる意識も変わってくるなぁと思った。
ここの場所は関東に対する感謝と恩返しの気持ちが非常に高い。
2日目の出来事は感極まった
翌日行った時に、神社の鳥居の後ろ側は田んぼが広がっているが、それを見た時に涙が止まらなくなってきた。

一面田んぼが広がっているが、ここの場所は360年まえに開拓されたと思ったら、すごく感謝の気持ちが高ぶってしまったのだ。
気持ちが「感謝」でいっぱいになり、非常に感情が感極まって、涙が溢れてきたのだ。
神社へ行って、こんな感情になったのは初めての体験だった。
これは何かまた何か変化の表れでもあり、これからまた何かが始まるのだろうと思う。
あれ?いま気づいた、過去世でその当時に関わっていたのかもしれない。
じゃないと気持ちが高ぶるはずがない。
前にもそのようなことは、時々有ったなぁ、、、
ここは3日連続して行く必要があり、連続して行くことにより、願いがより叶いやすくなる。
願い事は自分の願いではなく、とある場所に対しての願いだ。
自分の願いによって、起こるべきことが起こらなくなるという願いだ。
起こるべきことが起こらないということは、最初から何もないということなので、起こらなかったら誰も知りようがないということになる。
結果的にはそれで良いのだ。
その土地の感情が俺に憑依して、泣けてしまうということ自体が、なかなか面白い現象が出来るようになったのかと思うと、新たな能力向上になったとうれしくなった。
3日目は場の空気がスッキリとした
3日目はとくに感極まることはなかったが、参拝が終わると周りの空気感がすごくスッキリとした感じになった。
これはもしかして、願いが通じたのかもしれない。
そうなると何も起こらないということになる。
そう、何も起こらないほうが良いので、静かに過ごせられる。
さて、次は新月の深夜だけれど、それは自宅で大丈夫だ。
自宅だとまぁ楽だよなぁ、、、
これからもまた少しずつ能力が向上していくのだろうと思うと、自分の役割もより重要になってくるのだろう。
カフェがオープンしたらどうなるのだろうと思うけれど、それはなんとなく想像はできる。
あとは妻の状況が数年後にどのくらい変化するかだけれど、その変化によっては俺も妻もさらに大きく変わっていくことだろう。
妻は今世どれぐらい対応できるのか、、
今のところ未知数だけれど、あと4,5年は必要だろう。
それでもまだ半分という感じだが、まだ対応していないのが、またどのくらいかかるのか未知数だけれど、いま行っていることと同じであれば、その後8年は必要になるということになる。
合計13年は、この年齢からするとかなり難しい、、、
難しいけれど、不可能ではないことは確かだ。
きっとそういう意味においてもカフェを経営して、自分たちで自由な時間を作れるということになるのだろう。
正に横浜でカフェを経営していたときと同じだ。
違うのは俺が精算する必要なことは終わっているということだ。
俺はより向上していき、妻は0へと近づけてく行動になるということだ。
俺も大変だったけれど、妻はもっと大変な状況なのにも関わらず、さらに大変な子育ても行うことになった、俺にもそれを行う必要がある。
俺達夫婦は横浜でカフェを経営してから、今振り返ればすごく良くなる方向へと進み始めたのだ。
良くなると言っても人間的な生活などが良くなるのではない。
でも結果的にお金が無くてもお金に困らないような生活、夢が次々と叶っていくということでは良くなっているのだろう。
俺の夢は広い場所で生活し、広い田畑を持ち、自給自足を行う。
これは問題なく叶ってしまっているので、あとは自分が努力して頑張れば良いだけのことだ。
さらに、カフェを再経営することも、もう目前に迫ってきた。
ここからまた、人生のやり直しというか、より理想に向かって突き進むということになる。
60代半ば近くになり、また新たなチャレンジ精神で行動する。
現実世界もチャレンジだけれど、視えない世界の出来事も新たなチャレンジが始まった。
この調子で行けば、来年はさらなる飛躍の年、そして、また新たなことでいろいろと忙しくなる年でもあるなぁ。
いちから古民家は「いちから作ること」を目的にしています。
横浜でカフェを経営していたときにも、料理やお菓子、パン、ドリンクの大半は、添加物などを使用しない、材料も選んでいちから作ることを行っていました。
食料の危機感があり、安心・安全を考えて作っていました。
全てを「いちから作る」というのは、なかなか難しいことですが、できる限り自分で作れる物は作っていきたいとの思想があり、移住してからはさらに自然の素材を利用して、器作りなども行うようになりました。
田舎生活はいろいろな物が手に入るので、竹でコップ、木の輪切りで皿を作るようになったのです。

竹はご近所から頂いており、竹の処理が困っているぐらい、竹が生えているので、声をかけると「持っていっていいよ」と返事をしてくれるのがありがたいです。
青竹を削り、コップにしてワンポイントのアートをウッドバーニングで描くことを行っています。

木の幹をチェーンソーで輪切りにし、電動サンダーで中を削って皿づくりを行っています。
木の器にもウッドバーニングでワンポイントのアートを描いています。

陶芸は10年以上前に初めて、電動ロクロ、電気釜を購入しましたが、その後カフェを経営後からは作業する時間が無く停滞、移住して4年目に近くに陶芸教室があることを知り、通い始めました。
古民家カフェをオープン時に、自分で作った器で提供したいと思って、器作りを行っております。

竹で作るカトラリー、箸やスプーンなどを作っています。
自然の素材を使用した器やカトラリーを作っていると、自然とともに生きているのだなと実感します。
それ以外にも、お菓子、天然酵母パン、スパイス料理など、添加物を一切使用せずに作る事も行っていますので、健康を第一に考えた結果が、できる限り「自分でいちから作る」となりました。
いちから古民家
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