農作業も3年経過して、やっと自分の中に基礎が出来たという感じだ

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【移住して1年目は酷かった】

山梨へ移住してきたのは2023年1月だった。

まだまだ寒さ厳しい時期、ガスは使用できない、お湯は当然出ない。

初めての土地で知り合いもいない。

夢は大きかったが、当時としては非現実的なことばかりだった。

3月頃までは古民家のリフォーム作業を行っていたが、精神的にうつ病的な状態になり、気力がなくなってしまっていた。

移住する前は横浜でカフェを夫婦で経営し、24時間妻と一緒、沢山のお客さんを相手に日々充実した活動を行っていた。

それが移住して、1人暮らしとなり、誰も知り合いもいないので話し相手がいない日々を4ケ月ほど生活をしていた。

ご近所で自宅で飲み会を行っている人に、誘ってくれる人がいたので、その間は楽しかった。

でも自宅に戻るとまた1人、犬一匹

資金もどんどん減っていき、仕事をしなければ不安という気持ちにもなり、孤独、お金の不安、夢の実現は遠いという環境の中、理想通りの仕事を見つけることが出来た。

仕事を始めると人との出会い、達成感、お金の不安も解消し始めて、やっとうつ病的な状態から解放されていった。

移住して3ヶ月後に雛を購入して養鶏を初めた。
鳥小屋はその2周間前に作り、完成後に雛が入荷してきた連絡があった。
憧れの養鶏を5羽から初められた。
それから1ヵ月後に初めて産卵、最初の卵は感動的だった。

畑作業も見様見真似で行い、憧れの菌ちゃん農法を初めたのは良かったが、気持ちは野菜を作る、収穫するだけだったので、雑草刈りが面倒、剪定がどうやったらいいのか分からず、野菜作りも手をかけることもなく、そのまま成長を期待していただけだった。

畝の周りには雑草がひどく、野菜を収穫するのも一苦労。

秋頃には農作業の反省をし、今度は雑草は定期的に刈ろうと決意した。

春に梅の花が咲き、梅の実が成った。
自宅で梅が収穫できる喜び、梅干しが作れると思った。
初めての梅干し作りなので、いつごろ収穫しどうやって梅干しを作るのかが分からず、それよりも、やりたい気持ちはあるけれど行動が出来ない不安定な精神だった。

1年目は新しく始めることは兎に角面倒、なかなか行動が伴わない状況だった。

家のリフォームも資金不足からなかなか進まず、やりたい夢は沢山あったが実行する気力が湧かない1年だった。

【移住して2年目】

移住して3ヶ月後に自宅の隣の畑を借りることが出来た。
広さ的には200坪はあるだろう。

でも、最初に作った畝5本でも精一杯だったので、隣の畑までは全然やる気が起こらなかった。

夏の暑い時期にやっと新たな畝作りを初めたくなり、2本畝作りを初めた。

収入も安定してきて、土地勘も分かり始め、知り合いもそこそこ増えてきたので、精神的にも安定してきたのだろう。

今思い返すと、このあたりから孤独からの解放、収入の安定、精神的に自分自身を取り戻すという時期だったのだろう。

以前のカフェのお客さんが山梨に住んでいたということもあり、手伝いに来てもらった。

暑い中せっせと畑作業を行い、なんとか2本高畝作りが出来た。

でもこの畝も菌ちゃん農法としては、全然満足な作り方ではなかった。

この畝の場所で育てようとした野菜は、ほとんど全滅だった。
なんとか秋頃に枝豆が採取出来たぐらいだった。

1年半経っても、農作業はまったくの素人だった。
その経験がまたまた農作業に対して、もっと真面目にやらないと思う切っ掛けになったようだ。

兎に角家は広すぎる、土地も広すぎる、畑も広すぎるという、今までにない広い土地と家を管理しているので、気持ちがオーバーフローしていたのだろう。

狭い場所に慣れきっていた人生だったので、その30倍ぐらいある敷地は途方もない広さに思えていた。

2回目の梅干し作り、昨年は行動出来ずに失敗。
初めての梅干し作り、なんとか出来て嬉しかった。
しかし、梅酢を捨ててしまったりと、間違った作り方になってしまった。
梅干し作りも慣れていないから、やることが面倒という気持ちだ。
それでも初めて作った梅干し、感動的だね。

そして晩秋となり、またまたやる気スイッチが入り、200坪の畑を耕し初め、合計7本の高畝作りを完成させた。

誕生日に人生の目的が「五穀豊穣」になった。
それから人生がまた違う方向で、大きく変わってきたと1年を振り返ると分かる。

【移住して3年目】

新たに増えた畝に野菜を育てるために、種をポッドに入れて芽を出すようにした。

今までは直接畝に種を植えていたが、雑草なのか野菜なのか分からず、間違って抜いてしまったなんていう事も何度もあった。

ポッドで育てたら、間違いなく芽が出れば野菜だ。
ポッドで育てると、ある程度成長したら植え替える手間があり、これもまた面倒だから直蒔きにしていたのだ。

面倒だからといって、手を抜くようなことをすると結果は惨めな惨敗と成る。

そういう経験をしながら面倒が面倒では無くなってきた。

ポッドで育てて植え替えたら大成功、レタスや大根が沢山収穫できるようになり、レタスは100個ぐらい出来て、知り合いに上げたりしていたけれど、結局半分ぐらいは腐り始めて捨ててしまった。

大量に出来るようになったが、捨ててしまう野菜も増えてきた。

でも、野菜作りがやっと出来るノウハウというか、考え方が変わってきたというか、野菜が育ってくれるようになってきたのだ。

3年目になったら地元の役員にもなり、知り合いも増えた。

秋ごろから人生の流れが変わってきた実感がしてきた。
移住してきた当時の夢が実現し始め、いろいろと引き寄せ力が強くなっていった。

新たに1反の畑を借りることができ、田んぼも借りられることになった。

この頃から、料理、菓子、パンなどが抵抗無く、カフェで作っていた感覚で作れるようになった。
移住生活が充実し精神的にもやっと満たされてきた感じで、本来の自分自身を取り戻してきた。

行動に充実感が増してきている。

畑も雑草は定期的に刈り、移住1年目のときとは変わり草ぼうぼうとは全然違う。
しっかりと畑の管理が出来て、野菜の収穫量も増えてきた。

秋頃にはまた新たに畝作りを始めたくなり、駐車場の敷地の奥が空いているので、そこに新たなに5本の高畝を作った。

そのすぐ近くには、巨峰があり、3年目になって収穫出来るようになった。
全然多くはないけれど、天然物のぶどうが収穫できるようになったのは、とっても嬉しい限りだ。

それ以外に、キウイ、スモモもありキウイは何個か食べられる物が出来るようになった。
スモモは実が2,3個なるが、鳥に食べられているようだ。

【移住4年目の現在】

新たに借りた1反の畑、高畝を10本作る作業に取りかかった。

どんど焼きで使用する竹を取りに行き、竹を少し加工する気持ちが湧き、それから竹のコップ、スプーン作りを本格的に行うようになり、竹にウッドバーニングでアートを描くようになった。

ウッドバーニングは2年ぶりとなる、2年前に描いていた時は、気持ちは積極的ではなかったが、今は積極的な気持ちが高くなった。

親子陶芸教室があり、今年から親子じゃなくても参加できるようになり参加、作ったマグカップが2月に行われる分館祭りで展示された。

その時の陶芸の先生へ連絡し、教室へ通う事になったが自宅から車で3分の近さにあった。
また陶芸を習えることになり、14年ぶりの陶芸教室だ。

登り窯をもっていて、年に1、2度登り窯で焼くということで、念願の灰釉で焼けるようになった。

昨年の末頃から、すごく引き寄せ力が強くなり、次々と夢が叶い始めてきている。

「石の上にも三年」というけれど、やっぱり三年間は必要だったのだろう。

移住してきた1年目と全く違って、精神的にもさらに強くなり、野菜作りも少し様になってきた、知り合いも増えてきて、夢を叶えてくれるチャンスが増えた。

今年の流れは、やっと古民家カフェ経営ということになりそうだ。

振り返るとこの3年間は、いろいろとあったなぁと思うし、これからもいろいろとある人生になることだろうと思うが、いい方向へと進む人生になりそうだ。

横浜でカフェを経営してから8年目、劇的に想像出来ないような事があり、不思議な事も沢山経験してきた。

今でも不思議なことはあるけれど、それは普通になってしまった。

人生はどうなるかわからないけれど、夢を抱いていると叶えられるということも分かった。
次々と夢が叶い始めたら、今度は新たな夢を既に描いている。
俺は夢に終わりはないね。

「いちから古民家」は一から作ることを行うようにしている。

自然農法の野菜は種から育て、種を採取してまた翌年種を使用する。

家具作りは無垢材の木材を使用して作り、器、箸なども竹などの自然の素材を使用して手作りを行う。

陶芸もそろそろ活動しはじめて、器作りを行おうと思う。

既製品が多い中で、あえて、いちから作る物作りは「不便を愛でる」ということであり、「手触りのある幸せ」がある。

自然と向き合い、大地で野菜を育み、自然の素材から物を作り出す、自然に感謝しながら自然を楽しむこと、それが本来の人間の生き方だなぁと最近思うようになった。

自然農法的な菌ちゃん農法で作る野菜、無農薬、化学肥料を使用せず、自然の摂理で育てた野菜達、種から育て立派な野菜にする。

自分で作った安心・安全の野菜を食す、「健康寿命」を少しでも長くして元気に生きていく、それが「いちから古民家」の願いだ。

自然の素材を使用して作る物作り、地球環境に優しく、大地に感謝する。

自然なしでは生きては行けないし、地球に住まわせていただいているという感謝の気持ちがなければダメだろう。

縄文時代のような時代が、自然にとっては一番の理想だった。
縄文時代の生活には戻れないけれど、出来るだけ自然に寄り添っていこうと思う。

ロゴは「一から古民家」を表したもの、太い線が安定した「一から」行うことを表すのと屋根という意味もあり安心・安全をイメージしている、Kは古民家のイニシャル、Kが2つあることで2乗で広がりがあるイメージとした。

「いちから古民家|自然農法の大地の恵」の文言は、まさに文言通りで大地の恵みで感謝する意味がある。

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